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横浜家庭裁判所 昭和62年(家イ)2167号 審判

申立人 杉本悦子

相手方 トレニーノ・ペルレッツイ

主文

申立人と相手方とを離婚する。

理由

一  申立ての趣旨

主文と同旨

二  当裁判所の判断

1  本件記録及び当裁判所昭和○○年(家イ)第○○○号事件記録を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  申立人は日本国籍、相手方はイタリア国籍を有するものであるところ、申立人は昭和50年夏ころ、イタリアへ観光旅行をした際、相手方と知り合い、同年12月末から翌昭和51年夏ころまでイタリアの相手方の母の実家等で相手方と同棲生活をした後、同年10月ころから○○県○○市○○において、申立人の姉の経済的援助を受けながら、相手方と同棲し、同年11月15日東京都所在のイタリア大使館に相手方との婚姻届をし、かつ、昭和52年6月24日○○市役所に同旨の婚姻届をして、相手方と婚姻した。

(二)  その後の昭和53年4月から申立人と相手方とは、イタリアのスウエナやフイレンツェで同居生活をしていたが、そのころから申立人はイタリアの言葉や習慣になじむことができず腰痛になやむなどしたうえ相手方との性格も合わなかつたことから度々ひとりで日本に帰国してはまたイタリアに戻るようになつた末の昭和59年4月19日相手方との話し合いのうえ相手方と別居することとし、日本に帰国した。

(三)  その後申立人は、肩書住所地に住み、親類の援助で健康回復を計りながらひとりで生活をしている。他方、相手方は日本での生活を好み、数回観光目的等で来日し、昭和61年4月から京都市でウエイターとして稼働し、昭和62年1月から肩書住所地に居住し、今後も日本での生活を希望している。しかし、申立人と相手方とは上記別居後は、離婚手続等で数回会つたのみでほとんど交流もなく、性交渉も途絶えており、また、相手方は申立人に対し、上記別居後は全く生活費を支給していない。そして、申立人と相手方は、本件調停に出頭し、いずれも本件離婚に同意している。

以上の各事実を認めることができる。

2  そこで、まず、本件につき当裁判所が裁判管轄権を有するかにつき、検討するに、上記のとおり申立人のみならず相手方も日本国内にその住所を有するのであるから、わが国に本件の国際的裁判管轄権があり、かつ、本件記録によれば、申立人と相手方は本件を当裁判所の管轄とすることに合意しているので、当裁判所に本件の裁判管轄があるということができる。

3  次に、本件離婚の準拠法は、法例16条により夫である相手方の属するイタリア共和国の法律によるべきところ、同国の離婚法3条は、「夫婦の一方は、下記の場合に、婚姻の解消または婚姻の民法上の効果の終了を請求することができる。」と規定し、その具体的離婚原因として(1)他方配偶者が一定の罪を犯し一定の刑に処せられたとき(同条1項a、b、c、d)又はこれに準ずる場合(同条2項a、c、d)、(2)裁判別居、協議別居の認許又は事実上の別居が1970年12月18日から少なくとも2年前から始められて継続し、いずれもその後3年間別居生活が中断なく継続しているとき(同条2項b)、(3)外国人である他方配偶者が外国で婚姻無効若しくは婚姻解消になつたとき又は外国で新たに婚姻したとき(同条2項e)、(4)婚姻が未完成のとき(同条2項f)、(5)1982年4月14日の法律の規定による性に関する訂正判決が確定しているとき(同条2項g)」と規定しており、またイタリア共和国民法151条は夫婦の共同生活を堪え難いものとする事実又は夫婦共同生活はできたとしても子の教育に関する重大な偏見を惹起するような事実が確認される場合裁判別居が認められる旨規定し、さらに同法158条は、裁判所の認許により協議別居することができる旨定めている。

4  以上検討のイタリア法に照らして、本件記録及び当裁判所昭和○○年(家イ)第○○○号事件記録を検討すると、申立人及び相手方に、イタリア共和国の離婚法上の離婚事由に該当する事由はこれを認めることはできない。

5  しかしながら上記認定のとおり、申立人と相手方とは昭和59年4月19日双方合意のうえ別居生活を開始しており、その後相手方は申立人に対して生活費の支給を全くせず、来日しても申立人とほとんど交流しようとせず、また申立人及び相手方双方婚姻を継続する意思が全くないという状態が上記別居後3年以上も継続していることからすると、もはや申立人と相手方との婚姻関係は完全に破綻して回復の見込はなく、公簿上の形骸を残すのみとなつているということができる。これに上記別居判決又は協議別居の認許というイタリア共和国の離婚法上の制度はもともと同国の歴史的、社会的な基盤のもとで確立されたものであり、かかる法律を直ちに同国とは異なる歴史的、社会的基盤にある日本に居住し、今後も日本での生活を希望している申立人と相手方との上記婚姻関係に適用するのは妥当とはいい難く、かつ本件の如き渉外婚姻関係に適用するのは多分に無理が伴うというべきであることをも併せ考えると、結局申立人と相手方に対し、イタリアの裁判所における上記別居判決又は協議別居の認許を得たうえで、さらに3年間の別居生活をしなければ離婚できないとするイタリア共和国の上記離婚法の適用の結果は、本件においては公序良俗に反するものということができるのであり、したがつて本件については法例30条によりイタリア共和国の上記離婚法を適用しないこととし、日本の民法をその準拠法とすることとする。

6  そして、当事者双方の婚姻関係は、既に完全に破綻し、かつ回復の見込みもなく本件調停の席上、当事者双方とも本件離婚に同意していることは上記のとおりである。

7  よつて当裁判所は当調停委員会を組織する家事調停委員○○○○、同○○○○の意見を聴き、当事者双方のため衡平に考慮し、一切の事情をみて職権で当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で、事件解決のため家事審判法24条を適用して、主文のとおり調停に代わる審判をする。

(家事審判官 伊藤茂夫)

〔参考〕

イタリア共和国離婚法(1970.12.1法律第898号1987.3.6法律第74号により改正同改正法は、同月11日公布、翌12日施行)

3条 夫婦の一方は、左の場合に、婚姻の解消または婚姻の民法上の効果の終了を請求することができる。

1) 他方配偶者が、婚姻挙式の後で、正当な手続きを経てなされた判決で、下記の有罪を宣告されたとき。婚姻以前の実行行為による場合もまた同じ。

a) 終身刑または過失犯でない1個もしくは数個の罪に基づく数個の判決を合算して15年以上の刑に処せられたとき。ただし、政治犯罪および道徳的・社会的価値観に由来する犯罪は除く。

b) 刑法第564条の罪および刑法第519条、第521条、第523条、第524条の罪の一つ、または売春の教唆もしくは強制、さらに売春の幇助もしくは搾取の禁獄刑に処せられたとき。

c) 子に対する故意殺、または配偶者もしくは子に対する殺害企図の刑に処せられたとき。

d) 配偶者および子について刑法第583条第2項および第570条、第572条、第643条の加重情況が訴えられる場合で、2個以上の有罪宣告を含む第582条の罪による禁獄刑に処せられたとき。

d)に該当する場合には、婚姻解消または婚姻の民法上の効果の終了を言い渡す権限を持つ裁判官は、後の被告の行為も考慮に入れて、家族共同生活の維持または再建に被告が不適格であることを確定する。

本条1)項に規定された場合のすべてについて、犯罪事実に加担して有罪判決を受けた配偶者から、または婚姻共同生活が回復した場合には、この請求は、提起できない。

2) 下記に掲げる事由がある場合。

a) 本条1)項のb)、c)に規定された罪を、他方配偶者が、心身喪失により免れた場合で、婚姻解消または民法上の効果の終了を言い渡す権限を持つ裁判官が、家族共同生活の維持または再建に被告が不適格であると確定したとき。

b) 夫婦間に裁判別居が正当な手続きを経た判決によって言い渡されているとき、または協議別居が認許されているとき、または事実上の別居が、1970年12月18日より、少なくとも2年前から始められ継続しているとき。

前述した場合に、婚姻解消または民法上の効果の終了を請求するためには、法律上の別居手続きによった場合は、裁判所長の面前に夫婦で出頭したときから少なくとも3年間、別居生活は、中断なく継続していなければならない。また別居訴訟が継続中に協議に変更になった場合にも同様である。別居の一時的中断は、被告から異議の申し立てがなされなければならない。

c) 本条1)項のb)、c)に規定された犯罪に基づく刑事手続きが、阻却事由によって訴追義務不存在の判決で終った場合で、婚姻解消または民法上の効果の終了を言い渡す権限を持つ裁判官が、犯罪を構成する事実および可罰条件が存在すると考えたとき。

d) 近親相姦についての刑事手続きが公然の醜態の事実の欠如により不可罰を宣言されて、免訴または無罪の判決で終了したとき。

e) 外国人である他方配偶者が、外国で婚姻無効もしくは婚姻解消になったとき、または外国で新たに婚姻したとき。

f) 婚姻が未完成のとき。

g) 1982年4月14日の法律の規定による性に関する訂正判決が確定しているとき。

(拓殖大学教授松浦千誉訳)

イタリア共和国民法(1975.5.19改正法律第151号)

第151条(裁判上の別居) 別居は、配偶者の一方または双方の意思とは関係のない場合でも、共同生活を堪え難いものとする事実または子の教育に関する重大な偏見を惹起するような事実が確認されるときはこれを要求することができる。

別居を言い渡す判事は、その四囲の事情が競合し且つそれが要求される場合には、婚姻から生ずる責務に反する行態を考慮し、配偶者のいずれにその別居の責が帰せらるべきかを宣告する。

第158条(協議上の別居) 配偶者の単なる合意による別居は判事の認可がなければその効果を有しない。

配偶者の妥協が子の付託およびその生活の維持に関して子の利益と相反するときは、判事は子の利益のため採用すべき変更を指示して配偶者を再び呼び出し且つその不適当な解決の場合には、その状態における認可を拒絶することができる。

(法律文化社版全訳イタリア民法典〔追補版〕風間鶴寿著473、475頁より引用)

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